日本画|磯貝 洋子/Yoko ISOGAI オヨのぐだぐだ通信(58)

磯貝洋子

ゴミのこと絵のこと

2015/01/06

ゴミという言葉にやけに引っかかる。今使わないモノは、ゴミであるという新しい宗教(?)のことだ。
今や、文化、芸術を愛する者として過剰反応している。そのゴミと言うモノが無ければ誰もが幸せなのか?


展覧会場にいると、嬉しい出会いもあれば、嫌なこともある。褒めてもらいたいわけじゃないけど、傷つけられたいわけじゃない。褒めてもらえれば、言葉でお礼は言えるし表現も出来る。照れくさいけれど、素直に嬉しいし、もっと頑張ろうと思う。

名刺の肩書きにドン!と書くような、何の誉れもない。
そんなのいらないって思ってるけれど、現実には、何も無ければ、口悪い人に、下げたい放題下げられることもある。ただ黙って悔しがる。その繰り返しで、悔しさは肥大化し、ささやかな希望は泥沼で、モンスターになっていく。

知人に愚痴ってみた。

「舐めるってのは、甘くて美味しいと思うからだよ。お爺さんなんか誰も舐めたりしないから。」
これは、慰めなんだろうか?きっと、慰めなんだろう。


今の自分の作品は、まだ到着点ではないから、勉強、努力有るのみ。ちゃんと作品で意見を言ってくださる方もいる。
おかしな怪獣にならない様に、怒ることは怒ればいいのかも
 
「おい、肩書きで判断するな!!モンスターになるぞ!!(`ε´)」

  うう~ん、難しいなぁ(>_<;)言えないなぁ。。。。

あっ、ゴミ? 生ゴミは溜めないようにしています(笑)

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